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大阪地方裁判所 昭和38年(行)45号 判決 1964年4月13日

原告 岩切勉

被告 大阪法務局長・大阪司法書士会

訴訟代理人 叶和夫 外一名

主文

原告の被告大阪法務局長に対する訴を却下する。

原告の被告大阪司法書士会に対する請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告の求めた裁判

原告と被告大阪法務局長との間において、原告が同被告より昭和二八年八月七日に認可番号第九七八号をもつて認可された司法書士たる身分を有することを確認する。

原告と被告大阪司法書士会との間において、原告が同被告の会員たる身分を有することを確認する。

訴訟費用は被告らの負担とする。

第二、被告らの求めた裁判

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第三、原告主張の請求原因

一、原告は、昭和二八年八月七日被告大阪法務局長より認可番号第九七八号をもつて司法書士法四条による司法書士の認可処分を受け、その後同三一年八月一五日に司法書士法の一部を改正する法律が施行される以前より被告大阪司法書士会の会員たる身分を有していたものである。

ところが原告は同三二年七月二七日大阪地方裁判所において弁護士法違反等被告事件について懲役一〇月に処し三年間右刑の執行を猶予する旨の判決を受け、この判決は同三三年一〇月二日に確定した。被告大阪法務局長は同年一二月二四日司法書士法一一条三号により右裁判を事由として前記認可の取消処分をなし、その結果被告大阪司法書士会との間でもその会則九条により脱会とされた。

二、右認可取消処分の通知書は大阪法務局が差出し、大阪高麗郵便局が同三三年一二月二五日引受けた第三九五号書留郵便により原告に送達された。しかし郵便は公法上の契約であるのに右法務局も右郵便局も共に独立の人格を持たない行政官署であるから、これらが郵便につき契約の申入(差出)をし、承諾(引受)をしても効力がなく、右通知書は法律上送達されたものとは言えない。右認可取消処分は当然無効である。

三、仮に右主張が理由ないものとしても、右認可取消処分が失効した。右執行猶予の言渡は取消されることなく同三六年一〇月二日限り三年間の期間を経過し、刑法二七条により右有罪判決の言渡は効力を失つた。従つて、これを基礎としてなされた右認可取消処分もこのとき限り当然効力を失つたものと解すべきである。

このことは犯人の社会復帰の障礙を消滅させるため執行猶予期間の経過により国家の刑罰権犯人の前科身分を法律上当然に消滅せしめ有罪判決がなかつたと同じ状態に復せしめようとする条件付有罪判決としての執行猶予制度の趣旨よりして当然であり、こう解しないと執行猶予期間経過後裁判が失効しているのに、認可取消処分が存続し行政処分が刑罰(行政罰とあるは誤記と認める)より重くなり両者の間に均衡がとれない矛盾が生じるからである。

四、よつて原告は現在司法書士たる身分を有し、被告大阪司法書士会の会員の身分をも有するから、前記のとおりこの確認を求めるものである。

第四、被告らの答弁

一、請求原因一の事実は認める。

二、右認可取消処分の通知書が原告主張どおりの経過で送達されたことは認める。しかし大阪地方裁判所同三四年(行)第三四号事件につき同年九月二九日に言渡された確定判決により右認可取消処分は適法有効になされたことが確定したから、右処分のかしに関する原告の主張は理由がない。

三、右認可取消処分による司法書士たる資格の喪失という既成の効果は法令にこれを消滅させる旨の定めのない限り消滅しないのであつて、刑法二七条の規定を前記既成の効果まで消滅させる趣旨と解することはできない。

四、よつて原告の請求は理由がなく、棄却さるべきである。

理由

第一、被告大阪法務局長に対する訴について

この訴は司法書士たる身分という公法上の権利関係の確認を求めるいわゆる当事者訴訟であり、行政庁を被告とすべき特別の規定も存しないから、この権利関係の他方の当事者である国を被告とすべきものである。被告大阪法務局長は、司法書士の認可、取消、懲戒等を行う行政庁にすぎないから、被告たる適格を有しない。

従つてこの訴は不適法として却下することとする。

第二、被告大阪司法書士会に対する請求について

一、原告がその主張のように執行猶予付の有罪確定判決を受け、これを事由として司法書士認可取消処分を受けた事実は当事者間に争いがない。

二、原告は司法書士認可取消処分の送達に関するかしを主張する。

しかし原告は、さきに、相被告大阪法務局長を被告として右認可取消処分の無効確認を求めると共に被告大阪司法書士会を被告として右処分の無効なることを前提として原告が同被告の会員たることの確認を求める訴を当裁判所に提起し、この事件は当庁昭和三四年(行)第三四号事件として係属したが、同三四年六月一八日弁論を終結した上、同年九月二九日原告の請求を棄却する旨の判決がなされ、この判決は同三六年二月三日(この判決に対する控訴が取下げられたものとみなされて)確定したことは右事件の記録によつて明らかである。

右判決により、右弁論終結の当時原告が被告大阪司法書士会の会員でないことが確定せられているものである。そうすると、本件において前記送達のかしを事由として、これと矛盾する法律関係の主張をすることは、右確定判決の既判力により許されないところである。

三、原告は右取消処分は、その事由となつた刑の言渡が執行猶予期間の無事経過により効力を失つたことにより当然失効し、これにより被告大阪司法書士会の会員たるの身分を回復した旨主張する。

ところで、司法書士の業務は他人の嘱託を受けて裁判所、法務局等に提出する書類を代つて作成することであつて、司法書士には司法書士法六条、八ないし一〇条等により特別の義務が課されている。その地位は同法三条所定の欠格事由のない者が、事務所を設けようとする地を管轄する法務局又は地方法務局の長の選考によつてする認可を受けることによつてはじめて取得できるものである。このように司法書士の職務の公共性と社会的性格にかんがみ、この地位の保有には同法三条所定の欠格事由のないことが絶対的な要件とせられているから、欠格事由のある者に認可処分がなされても、この者は司法書士の地位を取得することがないとともに、司法書士の認可を受けている者も欠格事由が生じたときは、認可取消等の処分を待たず、司法書士の地位を失うに至るものと解するのが相当である。そうすると原告は右有罪判決の確定により当然にその地位を失つたものであつて、その後に大阪法務局長の認可取消処分があつたものと解すべきである。

そこで執行猶予期間の無事経過により原告が右地位を当然回復するかについて判断する。

刑法二七条が刑の言渡を受けた者の社会復帰の障礙を消滅させることをも目的としていることは原告主張のとおりである。刑の執行猶予の言渡を取消されることなく、猶予の期間を経過したときは、刑の執行を受けないことを終局的に確定せしめる効果を持つほかに、少くとも特別規定がない限り刑の言渡を事由として制限を受けていた権利地位等のうち、国民として有する一般的権利地位、例えば官職につく能力(国家公務員法三八条二号、裁判所法四六条一号)、弁護士となる資格(弁護士法六条一号)司法書士となる資格(司法書士法三条一号、刑の言渡が効力を失つてからなお二箇年の経過を要するとの説もあるが当裁判所はこれを採らない。)などは欠格事由の消滅によつて回復するものと解してよいであろう。しかし、司法書士の地位は、司法書士となる資格のように国民として有する一般的権利地位でないから、これと同一に論ずることができない。

そして、刑の言渡を受けたことを事由としてこのような地位を失い、更に認可取消の処分を受けた者は特別の規定が存しない限り(刑法二七条によつては)、この地位を回復しないものと解すべきであるが、司法書士法等を詳細に考察してみてもこのような特別の規定は存在しない。

司法書士に同法三条の欠格事由を設けたのは特殊公法的公共的な立場からであつて刑罰とは別異の目的を有するものであるから、右のように解することは執行猶予制度の趣旨に反するものではないし、刑の言渡が効力を失うことと均衡を欠くものとも言えない。結局、刑法二七条の規定を執行猶予付有罪判決の確定を事由とする認可処分取消の既成の効果まで消滅せしめる趣旨と解することができないのである(最高裁昭和三七年一月九日判決民集一六巻一号九二頁参照)。

原告の前記有罪確定判決によつて失い、更に認可取消を受けた司法書士たるの地位は刑の執行猶予期間の無事経過によつて復活しないことは、右に説明したとおりである。原告は前記のとおり執行猶予期間の無事経過により欠格事由が消滅しているが、認可が既に取消されているから、再び認可を受けないかぎり司法書士の地位を取得できないのである。

よつて、原告は現在司法書士たる地位を有しないことになり、この地位を有することを要件とする被告大阪司法書士会の会員たる身分も有しないことは明らかである。

従つて原告のこの請求は理由がなく棄却することとする。

なお、訴訟費用については民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎 野田殷稔 井関正裕)

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